評者:田中恭平(ヴェリタス英語科講師)
あれは9月のことであった。高校時代から、私がその縦横無尽の活躍に圧倒されるしかなかった、さる高名な人物が、ネット上の誹謗中傷や有力者たちの政治的思惑にひどく翻弄され、自殺した。生前、かの女は時めいていたのである。この社会の周縁に常に身を置いてきたし、しかも全然そこから出る気がない私のような人間から見たら、このかたは、高校の同期の中で1番、輝いてみえていた。私はかの女の死のことを聞き、高校時代、物理学の実験でこのかたとペアになると、このひとにほとんどの作業を代行してもらっていたことを即座に想いだした。私が当時、物理学の授業を聞いていな過ぎて、実験で使いものにならなかったからである。そしてあのときの感謝の念と、反省の念が込み上げた。おそらくかの女は、私のことなど覚えているはずもなかったが、私は覚えていた。
そして、いつも以上にふさぎこみ、その後しばらく放心していた私だったが、ふと、自分があるドラマを、すがるように、見ていることに気がついた。『ツイン・ピークス』というドラマである。高校で一番の美少女であるローラさんがある日、なぜか、河原で突然、変死体で見つかる。その原因を村のみんなで考えてみると、だんだん人間の最奥部に眠る、闇と優しさとが、対をなしながら怪奇現象とともに噴き出してくるという、錯乱した内容のドラマである。誰が犯人か、なんてことはどうでもよくて、少女の死によって人々の心が根底から揺さぶられ、普段考えることが難しかったことをみんなが直視するようになる。そのことが重要なのである。数話ぶんみていたら、私もだんだんそのドラマの中の登場人物たちと同じように錯乱してきて、本駒込の本屋にふらりと入っていった。今思えば、私は何かしら、人間のくすしき最奥の光と闇とを抉り出すような言葉を、求めていたのだと思う。そんなおりに出会ったのがこの本『人生に期待するな』(北野武著、扶桑社、2024年)であった。(全文はこちら)