第四代 学校長
西村 義樹
専門: 意味論、認知文法
略歴
1960年 山口県生まれ
1993年~2004年 東京大学総合文化研究科言語情報科学専攻に所属
1996年~現在 東京言語研究所 理論言語学講座 講師
2004年~現在 東京大学人文社会系研究科言語学研究室に所属
2023年~現在 東京言語研究所 運営委員長
2026年3月 東京大学退官

略歴
1960年 山口県生まれ
1993年~2004年 東京大学総合文化研究科言語情報科学専攻に所属
1996年~現在 東京言語研究所 理論言語学講座 講師
2004年~現在 東京大学人文社会系研究科言語学研究室に所属
2023年~現在 東京言語研究所 運営委員長
2026年3月 東京大学退官
皆さんは数学、国語、英語などを学ぶ意味について考えたことはあるでしょうか?こんなことを勉強して何のためになるのだろうか、と思ったことはないでしょうか?私が人類ではじめて思いついたわけではないので大上段に振りかぶって言うようなことではありませんが、学ぶ価値のあることを学ぶことの真の意味は学んだ後にならないとわからないものなのです。わからなかった物事がわかるようになるとは、わかった後にはわかる前と世界が違って見えるということであり、言い換えると、わかる前の自分とは違う自分になるということ一標語風に言えば「わかることは変わること」ーなのです。そうして変わった自分にしかわからないものこそが学ぶことの意味あるいは価値であると言ってよいでしょう。
私は気に入った本を何度も繰り返して読むのが子供の頃からの習慣なのですが、どうしてそんなことをするのかがわかったのは大人になって随分経ってからでした。皆さんもある本(学術書でも小説でも構いません)の内容を理解すると世界が違って見えるようになったという経験はありませんか?こうしてそれまでとは違う仕方で世界を見ている自分はその本を読む前の自分と同じ自分ではなく、いわば「新しい自分」です。同じ本であってもその「新しい自分」が読むわけですから、然その本の理解の仕方も「古い自分」とは違ってきます。だからこそ、優れた書き手が全力で書いた本は何度読んでも飽きることがないのでしょう。
もう30年以上前のことですが、大学院時代の後輩の一人から「言語学などという、知らなくても生きていけるものを研究することに何の意味があるのでしょうか?」と自分の悩みを打ち明けられたことがあります。その時私は「芸術でもスポーツでも学問でも、人間のしていることの多くはなければ生きていけなくなるようなものではないけれども、そういうものが何もなくなると、生きていることの意味がなくなると思うよ」と答えたことを覚えていますが、そう答えてよかったと今でも思っています。言うまでもないことですが、私もこれまでの人生の大半を英語と日本語を主な対象とする言語学の研究と教育に費やしてきたことを少しも後悔はしていません。
私がお話を伺ったVERITASの講師の方々は以上で述べたようなことを実践してきた人たちばかりのように私には思われました。こういう組織でなら私がこれまで極力避けて生きてきた「長」と名のつく役職をお引き受けしてもよい、いや、ぜひお引き受けしたい、と考えた次第です。
主要著書:
『構文と事象構造』(共著, 研究社, 1998)
『認知言語学Ⅰ: 事象構造』(編著, 東京大学出版会, 2002)
『言語学の教室: 哲学者と学ぶ認知言語学』(野矢茂樹共著, 中公新書, 2013)
『明解言語学辞典』(共編著, 三省堂, 2015)
『日英対照 文法と語彙への統合的アプローチ: 生成文法・認知言語学と日本語学』(共編著, 開拓社, 2016)
『メンタル・コーパス: 母語話者の頭の中には何があるのか』(共編訳, くろしお出版, 2017)
『認知文法論 Ⅰ』(編著, 大修館書店, 2018)
『慣用表現・変則的表現から見える英語の姿』(共編著, 開拓社, 2019)
『認知言語学を拓く』(共編著, くろしお出版, 2019)
『認知言語学を紡ぐ』(共編著, くろしお出版, 2019) 等
歴代学校長

初代
(1998年1月~2005年6月)
浅海芳夫(故人)
理学博士(地質学)

第二代
(2005年7月~2008年12月)
山田牧子
工学修士(建築学)
