デジタル時代と言われて久しいが、私たちはデジタルをうまく使いこなせているのだろうか。そんなことを考えていたら、こんな新聞記事が目に止まった「様々な電子機器を使うようになった大学の授業では、スクリーンに映写された情報をノートに取ろうとしない学生が増えていると感じる。板書を映さずにスマホで写真を撮るだけの学生も多い。情報獲得のための労力が軽減されるにつれ、情報を人間自身が内面化する作業まで省略化されていはいないか。」(21年6月24日朝日新聞朝刊より抜粋)、と。なるほど、書いた結果だけを見れば、機械は人間より速くかつ正確だ。しかし、その過程で行われていること全てを再現しているか、といえばそうではない。つまり書くこと、書き写すことによって人は何をしているかを今一度立ち止まって考えなければならないのではないか。あえて時代に逆行しているつもりはないと思うが、ヴェリタスはまだ手書きで溢れている。授業の板書然り、生徒のノート然り、ホワイトボードに書かれた議論の跡や落書きしかり。これらを見れば誰もが、書くということの意味や面白さを実感できる。デジタル時代だからこそ、「人が何をしているか」に、目を向けていきたい。